「夫婦坂」 人生の応援歌の数々、作詞家星野哲郎さん死去





「夫婦坂」
  作詞:星野哲郎
  作曲:市川昭介

この坂を 越えたなら
しあわせが 待っている
そんなことばを 信じて
越えた七坂 四十路坂
いいの いいのよ あなたとふたり
冬の木枯し 笑顔で耐えりゃ
春の陽も射す 夫婦坂

女なら 花ならば
咲くときも 散るときも
見てて欲しいの あなたに
宿命(さだめ)あずけて 暮らしたい
いいの いいのよ 一間の部屋で
あなた待ってる 雪割草も
いつか芽をふく 夫婦坂

流れゆく 人の世の
哀しみに 泣いたなら
杖になってね 抱いてね
肩を貸してね 背負ってね
いいの いいのよ ふり向かないわ
曲がりくねった 坂道だけど
ついてゆきます 夫婦坂


兄弟舟

波の谷間に 命の花が
ふたつ並んで 咲いている
兄弟船は 親父のかたみ
型は古いが しけには強い
俺と兄貴のヨ 夢の揺り篭さ



昭和を代表するヒット曲を生んだ 名作詞家だった。
そのほとんどが人生をはげます応援歌だった。


「三百六十五歩のマーチ」「函館の女(ひと)」
「男はつらいよ」「風雪ながれ旅」
「みだれ髪」、鳥羽一郎(58)の「兄弟船」
「アンコ椿は恋の花」「三百六十五歩のマーチ」
「昔の名前で出ています」「北の大地」などがヒット。


 「三百六十五歩のマーチ」「函館の女(ひと)」などの作詞家で日本作詩家協会名誉会長、星野哲郎(ほしの・てつろう=本名・有近哲郎=ありちか・てつろう)さんが15日午前11時47分、心不全のため東京・武蔵野市の病院で死去した。85歳だった。先月から肺炎で入院していたという。人への温かい視点が持ち味で、その演歌は「援歌」「縁歌」とも呼ばれた。発表された曲は約4800。今年元日に発売された島津亜矢(39)のシングル「温故知新」が遺作となった。

 戦後歌謡史を彩った日本作詞界の大御所が、静かに天国へと旅立った。

 関係者によると、星野さんはここ数年、体調が悪く足が弱っており、今年になって車いすを使っていたという。5月に肺炎を発症、10月5日に再び肺炎で入院した。約1週間前には体調がかなり良くなったが、15日になって容体が急変し、帰らぬ人となった。最期は長男、有近真澄さん(52)の妻と長女の木下桜子さん、長女の夫が看取った。眠るような穏やかな顔だったという。

 近親者の話では、約5年前から時々、認知症のような症状が出ていたという。それでも体調が良いときは詞をつぶやき、それをスタッフが書き留めることもあった。「新しい詞だったり昔の一節だったりした」といい、静養につとめていた。

 星野さんは高等商船学校を卒業後、遠洋漁業のトロール船員に。病気療養中の1952年、雑誌へ投稿した歌詞が入選し翌年作詞家デビューした。人情の機微や人生の喜び悲しみをこまやかに描写した演歌は「援歌」「縁歌」とも呼ばれ、日本人の心に響いた。

 北島三郎(74)の「函館の女」や映画「男はつらいよ」シリーズの主題歌は広く親しまれた。作曲家、船村徹さん(78)とのコンビで北島の「風雪ながれ旅」、故美空ひばりの「みだれ髪」、鳥羽一郎(58)の「兄弟船」などがヒット。作曲家の故市川昭介さんと組んだ都はるみ(62)の「アンコ椿は恋の花」や水前寺清子(65)の「三百六十五歩のマーチ」、小林旭(72)の「昔の名前で出ています」も大ヒットした。91年、北島の歌った「北の大地」がレコード大賞を受賞。発表された曲は約4800、未発表は2000曲に及ぶという。今年元日に発売された島津のシングル「温故知新」が遺作となった。

サンケイスポーツ
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by kobusi74k | 2010-11-16 10:14