父母を原爆で 「娘よ ここが長崎です」

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最近、読んで すごく感動した本です。

「娘よ、ここが長崎です」

故永井博士は
長崎原爆で被爆し、自らも重症を負いながら
医師として献身的に被害にあった人々のために
救護活動を続けた。
随想「長崎の鐘」や「この子を残して」などの著作もある。


その永井 隆博士の娘である茅乃さんは、

母を原爆で亡くし

父を原爆による病で亡くし

その後、成長してやがて関西に
移り住みました。

自分の娘さんに伝える
という形で書かれたこの本は

筒井茅乃さんの平和への願いや

原爆のおそろしさを

次の世代に語りつたえたいことが

いっぱい込められています。




故永井隆博士が、
こころざし半ばの死を迎えるまでの
数年を過ごしたわずか二畳一間の
家を彼は「如己堂(にょこどう)」と呼んでいた。
その名の由来は「この子を残して」の最終章に次のように記されている。


「私の寝ている如己堂は二畳ひと間の家である。
私の寝台の横に畳が1枚敷いてあるだけ、
そこが誠一(まこと=息子さん)とカヤノ(茅乃=娘さん)の住居である。
これは教会の中田神父様、中島神父様、深堀宿老さんのご厚志によるもので、
カトリック大工組合の山田さんらが建ててくださった。
神の御栄えのために私はうれしくこの家に入った。
故里遠く、旅に病む身にとって
この浦上の里人が皆己のごとく
私を愛してくださるのがありがたく、
この家の名を如己堂と名づけ、
絶えず感謝の祈りをささげている」。

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by kobusi74k | 2007-08-10 15:38